こんにちは。心理カウンセラーの中本早紀です。
上に書いてあるタイトル後半部分、「母親が子供の性格形成へ与える影響は80%以上!」という言葉、けっこうインパクトありますね。わが子がどんな人間になるのか良いも悪いもお母さん、あなたにかかってるんですよっっ、って両肩を掴まれて説得されてる感じで。
私だったらそのプレッシャーに耐えられないかもしれない。ただただ日々、良かれと思って愛情をかけるだけじゃダメなんでしょうか、って悩んでしまうかも知れない。
ってそんなのは私だけでしょうか。

子育てでぶつかる壁

私は自分のプロフィールにも書いたように、息子の子育てがとても辛かった時期がありました。
目立って辛かったのはまず赤ん坊の時、次に高校受験の時、そして就活の時もかなりしんどい思いをしました。振り返るとそれは、息子の成長のターニングポイントと重なっていた時期だったと思います。
特に受験に関して振り返ると、中学校の部活を始めとした学校生活の中で、それなりに安定している時期から受験をきっかけに大きく本人が揺れた時期でありました。他校の生徒さんも集まる塾で、それまで経験したことのなかったランク付けをされて、ささやかな自信が崩れてしまった15歳の夏。それを親として子どもの年齢にあった見守りや支えをしていきたかったのに、私から出る言葉は子どもを傷付ける言葉が多くなっていきました。
今から思えば、そもそも同じ経験をしたころの自分と重なっていたのですね。やっぱり受験勉生や就職活動の頃、自分が自分を信じ切れていなかった、不安定で自分に対しての自信と絶望の間で揺れていた日々、それが息子のその時期と重なった時、私は親としてどう関わるべきなのかが判らず大きく揺れていました。自分が自分をありのままの姿として受け入れられないのに、どうして自分の子をしっかり見守れるのだろうか。
更に振り返れば息子がほんの新生児の頃から、私は自分をちゃんとした母親として機能していないと強く思い込んでいました。
不妊治療とまでは行きませんでしたが、なかなか子どもに恵まれず婦人科のクリニックや、その分野に実績のある漢方薬局に足を運び、やっとの思いで授かった息子。なのに一日中泣いて意思の疎通ができない新生児を目の前に「なかなか子どもが授からなかったのは、自分に子育てする資格がなかったからだ」と勝手に決めつけた私は、半ば本気で、お子さんに恵まれないけれど私よりちゃんとしたご夫婦がいらしたら、その人たちに息子を預けた方がみんなのためになるに違いない、そんなことを思い詰めながら生きていました。
それでもそんなことを口にする勇気はなく、義務感のような意地のような気持ちで4か月ほど頑張ると、赤ん坊の方が成長とともに変化していきました。
首が座り声を出して笑うようになり、難しい顔をして寝てばかりいたのにいつの間にかあどけない、表情豊かな顔をするようになり、寝返りをするようになり…つまり段々と自分にとってどうしたら良いか分からなかった赤ん坊が、人間らしい存在になっていたのです。
私の子育ての最初の難所は、そうやって過ぎていきました。
あの時の私の問題はいったい何だったのだろう。これは今の自分の在り方と深いところで繋がる問題でもありました。
赤ん坊は泣きます。空腹なのか、おむつが汚れているのか、喉が渇いているのか、ただ寂しいのか、母乳をやり、おむつをかえ、ずっと抱っこしてても全然泣き止まない。これは自分に原因があるんだろう、自分の何が欠けてるから泣き止まないに違いない、でもこんなに一生懸命なのに理由が判らない、誰か教えてほしい。私は必死でした。
自分なりに頑張っても事が運ばないとき、私はすぐに自分を責め無力感に包まれてしまう、自分の存在自体を疑ってしまう、このことが私にとって重く深い問題であることに気が付いたのは、自分が心理カウンセリングを学び、それもかなり学びが進んでからのことです。
自分を母親失格だと決めつけていたころ、我が家に赤ちゃん用のミルク缶がありました。
失格失格と自分を責めてはいましたが、幸いにも母乳の出はかなり良く、何かの時のために用意してあったミルク缶の出番はあまりありませんでした。
しかしそこには0120から始まる、私にとっては大事な電話番号が書いてあったのです。そのメーカーが設置した育児相談の番号でした。
その番号に私は何度電話したでしょうか。「泣き止まない」から始まって、今から思うと私は赤ん坊と関わること自体が怖くなってしまい(これはもっと深刻ですね)、いっそ授乳やおむつ替えや入浴といった最低限の関わり以外をしないでいても子どもは育つものなのでしょうか、といった心理カウンセラー目線で言えば「ちょっと放っておけないお母さん」そのものの問い合わせをしていたのです。
「小さい赤ちゃんには良くあることですよ」「もしお母さんが(私のことです)赤ちゃんを家において外出して、その間に何かあったらどうしますか?」「大変でも出かけるなら一緒の方が安全ではないかしら」
電話の向こうの保健師さん、看護師さんは優しく噛んで含めるように私に話してくれました。それは本当にありがたかったです。でも電話を終えてまた赤ん坊と二人きりの空間に戻ると、問題は何一つ解決していない。
そう、私は出産して行動範囲が狭くなり、さらに子育てという大きな責任をたった一人で背負ったような気持ちになり、世間からの繋がりを絶たれたような孤独な気持ちを抱えながら生きていたのでした。
世の中には産休を終えて職場復帰するお母さん、幾人ものお子さんを育てているお母さんなど、自分よりも「ちゃんとした」お母さんがたくさんいました。そういった人たちと自分とを比べ、また私は自分を卑下して落ち込んでいくのですね。
ところで夫も両親もいるのに私はどうして孤独を感じていたのでしょうか。これにはちゃんとした理由があったのです。

子育てとカウンセリングの関係、必要なのは母親へのカウンセリング

息子の父である当時の夫は、今思えば子どもっぽいというか考え方が幼い人だったように思います。結婚式の時、双方の恩師である方が言って下さった「どちらかと言えば新婦の方が包容力があって」という言葉を思い出しますが、プライドが高くこだわりが強い彼とうまくいくには、私が下手に出て大きく包み込んでいく必要がありました。
機嫌を損ねないように、私の気付かないところに埋まっている地雷を踏まないように、どこか緊張しながら生活をしていたように思います。
そんな夫をどうして選んだのかと言えば、実家の母が似たような人だったからでした。
生まれて物心ついてからずっと、母を怒らせないように、できたら褒めてもらえるように、自分を認めてもらえるように、愛してもらえるように、頑張って頑張って我慢を重ねていました。
結果を出せたこともありましたが、母はどんどんハードルを上げていきます。褒めることもあるけれど、期待通りにいかないと罵詈雑言や暴言が降ってくる。そういえば私の結婚披露宴のお色直しのドレスを決めるのに母と相当バトルした記憶があります。母の好みのドレスでないと後が面倒なのはわかっていても、私も我を通そうとしたのですね、
シンプルだけど作りが丁寧ですてきだなとお願いした、こじんまりとしたウエディングケーキは後日「あんなちっぽけなケーキ!何よ、あれ。天井まで着くのにしなかったの?」と叱られてしまいました。母は誰が主役の披露宴なのか、途中から判らなくなっていたのかも知れません。
どこに出しても誇り高い自慢の娘であるように望み続け、どうも周囲にも虚実入り混じった自慢話を重ねていたことを後日母の大親友から、あるいは親せきからも聞くことがありました。聞きながら顔が赤くなっていくのが自分で判ります。
母にとって私は、どうもかけがえのない愛情を注ぐ存在ではなく、自分を引き立てるアクセサリーだったのだなと今になって理解することができました。私が期待外れなら代わりに妹がいる、そんなことも言っていた記憶があります。アクセサリーを付け替えるということでしょうか。
母の幼い見栄やこだわりを満そうと努力していたのは私だけではありません。父も妹も一生懸命母のために頑張る。だから実家にはいつも緊張感が漂っていました。お互い言いたいことを言って、笑い合って癒される、そういう家庭の姿を良く知らないままに、その実家から逃れるように飛び込んた結婚生活。自分をないがしろにして表面的な穏やかさを家庭の中で作り上げようとしていた私は、生まれたばかりの息子を抱えもう限界だと思ったのでしょうか。
慣れない赤ん坊の世話、夫のプライドを傷付けないこと(彼のプライドは簡単に傷付きます)、怒らせないこと、母の幼いこだわりを満たすこと、これらをちゃんとやり抜こうと、いつも一人で抱えてた私の孤独感の原因は、ここにあったのではないでしょうか。
このとき、話をじっくり聞いてもらえるカウンセラーがいたら早く楽にあっていたと思います。短い育児相談ではなく、それはきっかけに過ぎなくて私自身の問題を、育った環境の中で染み付いてしまった「自分は頑張ってもダメな人」という劣等感の原因が、思ったより深いところにあった自分への不全感の出どころが、もし早く判っていたらその後の人生はもっと早く「自分軸」で展開できたように思います。
カウンセリングと出会う前、私はどこか自分の人生を自分で生きていない感覚がありました。自分が全く満たされていないのに誰かを満たすため、喜びもないのに誰かに尽くすため、この感覚に苦しみ迷うことが多かったように思います。
カウンセリングで自分を語って語って語り尽くす、蓋をしていた感情や感覚が見えてくる。心の底にある本当の私を見つけてあげる。
そんな大切な時間をどうぞ一度、体験しにいらしてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です