毎年冬になると、「来春の新卒研修をそろそろ考えないと」と動き始める研修担当者の方からご相談をいただきます。
「何を改善すればいいか、正直よくわからなくて」——そんな言葉を添えて。
何が足りないのかわからないまま、それでも例年とは何か変えなければという感覚。
その引っかかりの正体を、この記事で少しほぐせればと思っています。
ホテルの研修に伺うと、必ずと言っていいほど出会う光景があります。
調理スタッフの方々が
「自分たちは裏方だから、マナー研修は関係ない」
と、どこか他人事のような顔をしている、あの雰囲気です。
気持ちはわかります。
毎日厨房に立ち、目の前の仕事に全力を注いでいる。
そこに「ビジネスマナーを学びましょう」と言われても、ピンとこないのは無理もありません。
でも私は、そういう方たちほど、研修の最中に表情が変わっていくのを何度も見てきました。
「料理人」である前に「ホテルスタッフ」である
料理を美しく仕上げること。
それは、もちろん大切な使命です。
ただ、お客様がホテルに求めているのは、料理だけではありません。
オープンキッチンから漂うスタッフの緊張感。
料理を運ぶときの立ち居振る舞い。
ふと目が合ったときの、たった一言の挨拶。
そういった「人の気配」が積み重なって、はじめてホテルでの食事体験は完成するのです。
「物や形を通して、人の気持ちは伝わる」——これは帝国ホテルでの20年間を通じて、私の骨の髄に刻まれている考えです。
どれほど丁寧に仕込んだ料理でも、作り手の心が乱れたまま皿に盛られたとき、お客様には何が届くのでしょうか。
逆に、心が整ったところから生まれた一皿には、何か温かいものが宿る気がしてなりません。
もちろん感覚的な話ではありますが、20年間サービスと向き合ってきた経験から、
「目に見えないものが、目に見えるものを通して伝わる」
ということを確信しています。
だからこそ研修では、マナーや接客技術の前に 「全員がホテルというチームの一員である」 という自覚を醸成するようにしています。
部門や職種を越えた、共通の「志」こそが、そのホテルのサービス品質を底支えするものだからです。
「ホテルのことが、わかる人に頼みたい」
ホテル向けの研修を担当させていただくたびに、ありがたいことに
「ホテルをよく知っている人に来てもらえてよかった」
「ホテル出身の講師が目の前に立つと、新入社員の反応が全く違う」
とのお声を研修担当者の方からよくいただきます。
マナー研修の講師というと、航空会社出身者をイメージされる方が多いかもしれません。
確かに研修業界全体を見渡しても、ホテル出身の講師は極めて少ないのが現状です。
まして、帝国ホテルで12年間、2,000名以上の若手スタッフの育成に携わってきた経験を持つ講師となれば、手前味噌ですが、おそらく私だけではないでしょうか。
今の若い世代は、「失敗したくない」「目立ちたくない」「間違えることへの不安」といった感情を、過去の世代と比較して強く抱えています。
うまくできない自分を見られることへの恐れが、学ぶ意欲よりも先に立ってしまう。
そういった空気が、研修の場にも色濃く漂っています。
なので、私がその場で話すのは、華やかな成功談ではありません。
日々の朝礼での緊張感、チェックイン業務を覚えたての頃の焦り、先輩のひと言に救われた瞬間——私が帝国ホテルという現場で実際に経験してきた、等身大の失敗や葛藤や不安です。
するとそれまで壁をつくっていた方たちが、ふっと前のめりになる瞬間があります。
その目に火が灯る瞬間に立ち会うことが、私がこの仕事を続ける理由のひとつになっています。
「アメリカ大統領夫人のアテンドをするような人でも、そんな失敗をしてきたんだ」——そう感じてもらえたとき、はじめて心のガードが下がるのです。
完璧な手本ではなく、同じ道を歩んできた先輩の言葉だからこそ、届く。
そこにはじめて、「自分にもできるかもしれない」という意欲が静かに芽生えてくる。
その変化を、私は何度も目の当たりにしてきました。
宿泊、レストラン、調理——それぞれの部門が抱える課題は異なっていても、根底にある「お客様を大切にしたい」という想いは同じです。
その共通点から話を始めることを、ホテルの現場を知る講師として、私は大切にしています。
講師になっても、変わらない実感
ホテルの実務から離れて講師という立場になった今も、私の中でずっと消えない感覚。
「ホテルの仕事って、本当に最高! 今でも戻ってもいいとすら思っている」
現場を離れたからこそ、より鮮明に見えてきたものがあります。
毎日お客様の人生の大切な時間に関わり、見えないところで全力を尽くし、「来てよかった」という言葉をいただく——それが、ホテルという舞台に携わるすべての人が担っている仕事なのだと。
受講者の皆さんと向き合うとき、この実感は自然と言葉になって出てきます。
そしてそれが届いたとき、場の空気がすっと変わる瞬間がある。
私はその刹那、改めてこの仕事の意味を噛みしめるのです。
誇りを、バトンとして渡したい
講師という立場になって改めて気づいたことがあります。
私がホテルでの仕事を通じて受け取ってきたもの——やりがい、誇り、「自分の仕事が誰かの記憶に残る」という実感——それは、誰かから受け取ったバトンだったのだということ。
先輩の背中を見て学び、叱られながら覚え、お客様の笑顔に救われてきた日々。
そのバトンを今度は自分が次の世代に渡していくこと。
それが今、研修という仕事をしている私の誇りです。
このページをお読みいただいているのは、もしかすると「職場のスタッフに、もっと誇りを持って働いてほしい」と感じているどなたかかもしれません。
その想いに、私は全力でお応えします。
マナーを教えることは、もちろん私にもできます。
でも私がお届けしたいのは、その先にある「この仕事を誇りに思える自分になった」という新入社員の変化です。
その変化が、早期離職を防ぎ、現場の空気を変えていきます。












